不適切だった対応

「TSUBASA」における鳥の失踪事件

鳥たちが失跡したことはもちろんショックな出来事です。しかし「失跡してしまったこと」自体については、施設の状況や関わったスタッフについての情報が無い現在の私の環境で論じてもほとんど意味が無いと考えます。

TSUBASAはそこに至る不手際について大いに反省するべきですが、この点についてはTSUBASA自身が一番よく判っているはずですし、外部の人間が必要以上に責めたところで鳥たちが戻ってくるわけではありません。

しかし、「問題が発生したあとの不適切な対応」について「外部から指摘すること」は、大いに意味があると思います。これらは外部からの指摘を生かせば、大いに改善できる可能性があり、最終的にはTSUBASAとTSUBASA会員にも恩恵があると思います。

しかし現在のところ、TSUBASA NEWSのコメント欄などに多くの指摘が投稿されていますが、それに対して具体的な改善策はほとんど示されていません。それどころか「TSUBASAに対する攻撃」と見なしていると取られかねない反論もなされています。

このままでは今回の教訓を生かすことができず、それはTSUBASAにとって大きな損失を意味すると思います。

ここでは、私が不適切だったと感じた対応について整理してみます。その上で、どうすれば良かったのかといった“私なりの考察”を別にまとめ、それに対するTSUBASAの考えを問うてみようと思っています。

情報の管理の甘さ

「はじめに」でも触れたとおり、TSUBASAが今回の件を公表したこと自体は評価されるべきだと思います。しかしその過程での「情報の扱い」には大きな問題点があったと思います。

公表が遅い

不祥事の迅速な公表は、TSUBASAが情報公開にどれだけ取り組んでいるかを示すだけでなく、「会員をどのくらい重要だと捉えているか」を推し量る機会にもなり得ます。

今回の第一報は、発生から10日後に発表されました。しかし実際には即座に発表することも出来たそうです。

今回の件も、当然のことながら、即座に第一報を入れることができました。 しかし、できない理由があったのです。 それは、今は言えません。報告が遅れれば、当然ご批判を受けます。 長年、積み上げた信用が一気に崩れることは予想しましたが、私にはそれでも守らなければなら ないことがあります。 (会員の皆様には、時期が来ましたらご報告致します) TSUBASA会員の皆様へ

上記の通り、即座に第一報を発表することも可能だったが、ある「理由」のために発表できなかった(しなかった)としています。つまり、この「理由」のために「失跡したこと自体を伏せなければならなかった」と言うことになります。

それから約10日後に第一報を公表していますので、この時は「失跡したこと自体を伏せなければならなかった理由」については解消したということになります。しかし、今はまだその「理由」の内容は明かせないともしています。

最後に「会員には時期が来たら報告する」と結んでいますので、今の時点ではまだ「内容について明かせない事情」があると思われます。

しかし会員以外には「失跡したこと自体を伏せなければならなかった理由」も「内容について明かせない事情」についても、明かされる機会は与えられそうにありません。TSUBASA側が説明について放棄した以上、判っている範囲で評価するしかありません。

何があったかは知りませんが、私は遅いと思います。特にTSUBASA会員にはもっと早く知らせるべきでした。

発表する情報が不正確

TSUBASAから公表された内容は、不十分かつ二転三転するものでした。

特に第一報についは、失跡した鳥の種類、数、日にちすら触れられておらず、また主語の曖昧さ、段落ごとに前後する時系列によって非常に難解な文章になっています。

また非難があってから公表される「新事実」や、具体的な箇所を指摘せずに「過去の発表に間違いがあった」とする姿勢も、知らされる側の不満を募らせることに繋がったと思います。

それらに関して

また、私が第一報を遅らせてしまった理由に関連して、当時現場が混乱し、情報が錯綜していました。 こんなときに現場に駆けつけられない自分に歯痒さと無念を抑えながら、情報収集をあたった結果、ブログでの報告に間違いが出てしまいました。 TSUBASA会員の皆様へ

というように、「代表が現場にいなかったため発表に間違いが生じた」といった説明もありましたが、これは情報管理能力の甘さを如実に示すよい例だと思います。

例え代表が現場にいなくても、正しい情報を収集できる体制が取られるべきです。そして発表前に関係者が一度その内容を確認すれば、不正確な情報を発表してしまう可能性は低くなります。

避難を巡る迷走

失跡の原因が断定できない中で、鳥たちをより安全な場所へ避難させることはとても有効な対策となります。しかしTSUBASAの行動は大きく迷走します。

失跡を認知した後、TSUBASAでは避難を考えたそうですが、実行には移されていませんでした。

鳥たちを緊急避難させることも考えましたが、たくさん居る中庭の鳥たちを収容できるスペースがありませんでした。 何カ所か候補がありましたが、老朽化していて、それこそ大きな穴が開いていたらたいへんです。 深くお詫び申し上げます。

第一報が発表されたのは失跡から約10日が経過していましたが、その中では「対策」をしたこと、適当な避難先が無いことを根拠に、このまま様子を見ることが示されます。

すでに1週間以上被害がありませんので、防御と監視をしっかり行いつつ、このまま様子を見たいと思います。 深くお詫び申し上げます。

しかしわずか1日でこの方針は変更されます。

何かあってからではなく、できるだけ早急に緊急避難しようと思います。 今日、施設をいろいろチェックした結果、1カ所避難できそうな場所がありました。 緊急避難を行います。

色々チェックした結果、避難できそうな場所が見つかったそうですが、このチェックは失跡の発覚後すぐに行うべきだったのではないでしょうか。

そして避難を決定後の補修作業も

鳥たちのお世話をやりながらですので、あまり時間もとれず、しかも生憎の雨でしたので、作業が進みません。 緊急避難先を作っています。

と、様々な要因でなかなか進まず、最終的に避難が完了したのは失跡の発覚後、約15日も経ってからでした。

遅れた要因には施設の老朽化や人手不足などがありそうですが、それらに対応する策を用意できなかった事が大きな手落ちと言えそうです。

感じられない「深刻さ」

家族のように大切にしていた鳥がいなくなってしまうことは、身を切られるように悲しいことです。

実際、私もチョコとライムを亡くした後はしばらく食事も喉を通らず、寝ている時と起きている時の境界すら曖昧な毎日を送りました。そして未だに立ち直れたとは思っていません。

もちろん、「ペット」を「人間」と同じように扱うことに、否定的な感情を持つ人がいること私は知っていますし、その考えを否定する気もありません。

それでも、大事なペットが「生きたまま、悲鳴をあげながら食べられたのかもしれない」「どこかで今まさに外敵に追われ懸命に逃げているかもしれない」と思えば、暗澹たる気持ちになるはずです。とても笑うことなど出来ません。

ましてや家族の一員として思っているならばなおさらです。代表の松本氏も、失跡した鳥たちを家族のように思っていたそうです。

最後に、居なくなってしまった鳥たちは私たちのかけがえのない家族でした。 スタッフ一同もとても心を痛めています。 TSUBASA会員の皆様へ

愛鳥家の人たちは、今回の件に対してみんなそれぞれ心を痛め、そしてそれ以上にTSUBASAの代表である松本氏とスタッフの悲しみを思ったことでしょう。

しかし実際に突きつけられたのは、そんな気持ちとは大きく乖離した言葉であり、TSUBASA側の「悲しみ」すら疑わざるを得ない現実でした。

続いたブログの更新

時系列順での振り返り」で触れたとおり、2008年3月16日の「TSUBASAフォーラム」開催以降、TSUBASA NEWSにその時の報告が順次投稿されていました。

そしてその投稿は、鳥たちが失跡した3月19日を過ぎても、何事も無かったように続きます。以下に一覧で示します。

3月19日 「愛鳥塾 in 千葉」最終ご案内
3月22日 TSUBASAフォーラム(ご挨拶)
TSUBASAフォーラムでの募金(1)
TSUBASAフォーラムでの募金(2)
TSUBASAフォーラムでの募金(合計)
TSUBASAフォーラム(フォーラムの目的)
3月23日 TSUBASAフォーラム(なぜ、TSUBASAを作ったか?)
3月24日 募金のご報告(君津信用組合)
TSUBASAフォーラム(仕事の目的/私の場合)
3月25日 本日の募金報告
TSUBASAフォーラム(母体となる会社設立)
3月26日 千葉CAKを開放します。
TSUBASAフォーラム(動物業界への復帰)
3月27日 オリジナルジュエリー&グッズの展示会。
ようやくCAKに戻ってきました。
3月28日 TSUBASAフォーラム(未来のマーケット)
3月29日 深くお詫び申し上げます。←失踪事件の公表

内容を読んでいただければ判りますが、どの記事も失跡について全く触れていません。それどころか、施設の開放やグッズ販売イベントなど楽しげな話題も多くあります。

投稿当時は楽しく読んでいましたが、その裏では鳥たちが悲惨な目に遭っていたかと思うと、次の疑問が頭から離れません。「なぜブログの更新を続けたのか」と。

TSUBASAは、失跡を公表できない「理由」があったと主張していますがブログの更新を無理に続ける必要は無かったはずです。そこで、もしかしたらこの時はまだ代表の松本氏に失跡の事実が知らされておらず、そのため通常通りの更新を続けてしまったのではないか、とも考えました。

しかし、その望みも次の文章でうち砕かれました。

今回の件も、当然のことながら、即座に第一報を入れることができました。 しかし、できない理由があったのです。 TSUBASA会員の皆様へ

松本氏は、失跡を知った上で更新を続けていたようです。

残念ながら、私には理解できません。

施設を開放すべきだったのか

施設で悲惨な出来事が起きた直後なのだから、その施設を開放するイベントの開催は中止あるいは延期するべきではないか。今回の件で、最初に非難されたのはこの点でした。

施設開放イベントの開催が告知されたのは、失跡事件が起きるより前でした。しかし、参加申込みの受付開始は、失跡事件が起きた後の3月26日です。この時点であれば、まだ申込みの受付をしていないので中止・延期することは可能です。しかし何も知らされぬまま受付は開始されました。第一報の発表はこの後の3月29日です。

これに関して非難が集中しました。というのも、その直前に

施設については、人も鳥も快適に過ごせるように、いろいろと改善 してまいりました。 まだ、工事中(といっても自分たちが作業していますが)の所も あり、ご不便をお掛けしますが、何卒ご了承くださいませ。 千葉CAKを開放します。
CAKは4/4からの開放に向けての準備が遅れているのも気になりますが、実はもっと心配なことがあります。 ようやくCAKに戻ってきました。

というような、開放への準備に注力している様子が報告されていたからです。

私を含め、多くの人がこう思ったはずです。「イベントへの準備に時間を割くくらいなら、鳥たちの捜索に時間を使って欲しかった」と。

しかもこの時は、鳥たちの避難を行っていません。避難させない理由の1つとして第一報では

鳥たちを緊急避難させることも考えましたが、たくさん居る中庭の鳥たちを収容できるスペースがありませんでした。 何カ所か候補がありましたが、老朽化していて、それこそ大きな穴が開いていたらたいへんです。 深くお詫び申し上げます。

と施設の老朽化を挙げています。その後、補修をすることで避難先を確保できました。結果論になりますが、避難を早めに決断し受け入れ準備に使った時間をこの補修の時間に当てれば、もっと早く避難させることが出来たかもしれません。

しかし、開放イベントの開催について第一報では、

CAKの開放も正直な気持ちどうしようか迷っています。延期することも考えました。 もし、これだけ対策して今後1羽でも被害があれば、中庭の鳥たちを緊急避難します。 そのときは、中庭の鳥はご覧いただけませんが、CAK開放にご来訪された皆様にお詫びし、侵入経路と思われる排水溝をご覧いただき、現状をご説明したいと思います。

と書いています。文中で「迷っている」「延期することも考えた」としていますが、続きをよく読むと「今後1羽でも被害があ」ったとしても、開催を中止する気が無いことが判ります。その後も

エンバク(オーツ麦)は約5cmほど成長しました。 もう少し伸びると見た目もいいでしょうね。 CAK開放時には「赤い絨毯」ではなく、「エンバクロード」をお歩きくださいませ。 エンバクロードの途中経過
 
そして、まだまだやり残した事が多いですが、明日の開放の準備も整いました。 (最終的には明日の午前中までかかりますが) 今回解放時にはいろいろなサプライズをご用意していましたが、大きなアクシデントがあったため、ほとんど断念せざるを得なくなりました。 引っ越し完了しました。

と、少しでも受け入れ態勢が整うように気を使っていることが判ります。なぜ開催をするのでしょうか。多くのコメントが寄せられた後、代表の松本氏がその答えを書いています。

会員の皆様に事実をご報告し、お叱りを覚悟の上、何か良い手だてがないか、現場をご覧いただいて何か改善がないかというアドバイスをいただきたかったのです。 (事実たくさんのアドバイスをいただきました) 貴重なご意見ほんとうにありがとうございます。
 
ある段階から捜索より再発防止ということに重点を置きました。 CAKを開放することにより、文章で表現できないことをしっかり伝えることができます。 また、CAKを閉鎖すれば、証拠隠滅したような誤解も受けるのではないかとも思いました(こんな風に考える自分が嫌ですが)。 ご来訪された皆様へ謝罪し、現場をご覧いただき、アドバイスをいただければと思いました。 多くの人がご覧いただくことで、他にも安全面において何か問題が見つかるのではないかと思いました。 TSUBASA会員の皆様へ

つまり、

  1. 証拠隠滅はしないという潔白さを示すこと
  2. 会員に報告し、アドバイスを求めること
  3. スタッフ以外の人間に確認してもらうことで、まだ隠れている問題点を見つけてもらうこと

の3点が大きな目的だったとのことです。

1つ目については心情的に判らないでもありません。しかし「鳥たちの為に」という視点から見れば大した意味はないと思います。

2つ目と3つ目については、確かに現状を文章で報告するよりは意味がありそうです。更に外部からのアドバイスも得られたと収穫を強調しています。

しかし、この目的については、参加を募集している段階では全く謳われておりません。こういった意味があるのであれば、参加したかったと考える人も多いのではないでしょうか。より多くの人に見てもらい、アドバイスがもらえれば、それだけ鳥たちの安全性も高まります。

参加申込みをした人には、失跡の件に触れられた内容のメールが送られたようです。しかしここで論じている「こういった意味があるのであれば、参加したかったと考える人」に関して言えば、「申込みをする前」に書かれていないと意味がないことは明らかです。

なぜイベントの開催前や募集している段階で表明しなかったのかが理解できません。

そして何より、開催予定日まで待つ理由が判りません。失跡した直後、あるいは第一報を公表した直後に会員に呼びかけ、チェックをしてもらえば良かったのではないでしょうか。その時に色々なアドバイスや何らかの手伝いをすることだって出来たかもしれません。

施設側の受け入れの準備が整っていないからと言って怒る人はいないと思います。

ちなみに、開放イベントに参加された方が後日情報を寄せてくださいましたが、施設においてTSUBASA側からこの件に関する説明は特になく、またアドバイスを求められた事実も無い、との事でした。あくまで会員のみが対象だったのでしょうか。

楽しんでください?

松本氏の文章の中で、私が最も不適切かつ理解できないと感じた一文が次のものです。

施設そのものは未完成のままですが、どうかあまり気になさらず、お楽しみいただければ幸いです。 引っ越し完了しました。

襲われた時、助けを求めて叫び続けたかもしれない鳥たちのことを想像するだけで心が沈み、スタッフの悲しみはいかばかりかと心配していた矢先に読んだこの文章は、私が松本氏に抱いていた信頼感を根底から粉砕するものでした。

これは誰に向けた文章なのでしょうか。23羽の鳥たちが悲惨な目に遭ったかもしれないその現場で、誰が何を楽しむのでしょうか。

訪問してくれる「客」への、紋切り型の挨拶だったのでしょうか。松本氏が愛鳥家の気持ちを分からないはずは無いのですが…。

そもそもCAKという施設は

TSUBASAの施設は“トリさんの為の施設”であり、人間が楽しむためのテーマパークではありません。 TSUBASA - 施設の現況

という位置づけだったはずです。いつから人間が楽しむ施設に変わってしまったのでしょうか。

たくさんの鳥たちがレスキューされている現実を知り、考えてもらうための施設開放だと私は信じていました。実際、僭越ながら過去には「一目惚れでショップから鳥さんを連れ帰らないようにしましょう」という主旨のチラシを個人で作り、配布してもらったこともあります。

「開放に参加してとても楽しかった」とだけ感想が書かれているブログをちょくちょく見かけるにつけ、寂しさが募っていた最中でもありました。もし方針転換をしたならはっきりとそう宣言するべきです。それによっては支援することについて再考する方もいるかもしれません。

批判や指摘への対応が不十分

一連の問題について、多くのコメントが投稿されました。その多くは対応への不満や、不適切な点を指摘するものでした。こういったコメントは多くの示唆に富み、今後の対応を改善する上でとても有用と思われるものが多々あったと思います。

中には感情的なコメントもありましたが、全体的に見れば冷静な意見が大勢を占めており、いわゆる「炎上」状態にはほど遠いレベルと言えるでしょう。しかし、そのコメント群に対して適切な対応は取れなかったようです。

途中で投げ出した「説明責任」

代表の松本氏は当初、寄せられたコメントのいくつかには返答をし、更に指摘を歓迎するような発言をしています。

下記サイトにて、いただいたコメントのご回答させていただきます。 文章力がないので、不十分かもしれませんが、遠慮なくご指摘いただければ幸いです。 貴重なご意見ほんとうにありがとうございます。

そして実際に、この投稿に対して様々な指摘が寄せられます。実際にコメント欄を読めば判りますが、様々な指摘が入り乱れる中で、それらをまとめて分類している人まで現れます。

しかし、膨れあがったコメントを前にして、松本氏はあっさりと説明することを放棄してしまいます。

このたびはいろいろとご迷惑をおかけして誠に申し訳ありません。 たくさんのコメントが示すように、今の私には何を言っても信じてもらえないでしょう。 TSUBASA会員の皆様へ

その後1度だけコメントに返答しますが、同時にその後の投稿にはパスワードをかけ、外部には公表しないことを宣言します。

先日のフォーラム後、パスワードを解除しました。 現在、会員様からいただくメールや、CAKにご来訪された方から、以前のようにパスワードを設定してほしいとのご要望がとても多かったです。 私も早すぎたと思いました。 この書込み以後は、従来通りパスワードを設定します。 TSUBASA会員の皆様へ

これでTSUBASAからの説明は終わりを告げました。この後は「パスワード」に守られた中で綴っていくようです。これではTSUBASAについて知りたい人たちには情報が届きません。

時間がかかっても良いので、寄せられた指摘を整理した上で返答をしていくべきだと思います。

批判しているのはたった2人?

松本氏は、寄せられたコメントについて

その間、このTSUBASA NEWSにたくさんのコメントをお寄せいただき、ありがとうございました。 コメントの1件1件を重く受け止めています。 TSUBASA会員の皆様へ

と、重視する姿勢を見せました。しかし別の投稿記事に寄せたコメントでは

私に対してのご意見の方々へ
素朴な疑問で申し訳ないのですが、、、
文章力のない私が見ても、2人くらいの方が書込みをしているようにしか見えませんが、私だけの疑問でしょうか? 貴重なご意見ほんとうにありがとうございます。

と、寄せられているコメントに対して、2人くらいしか書き込みをしていないのではないかという疑惑を提起しています。

これは一体何を言いたかったのでしょうか。「自分を非難している人間はたった2人しかいない」ということを、閲覧者にアピールしたかったのでしょうか。それともたった2人程度が指摘する非難など、取るに足らないと言うことでしょうか。

もし2人だったとして、それがどんな意味を持つのでしょうか。例え非難している人間が2人だとしても、なされている指摘の内容に理があれば省みるべきではないでしょうか。同じ内容でも2人からの指摘では無視し、20人から指摘されれば受け入れるというスタンスなのでしょうか。

とにかく、寄せられたコメントに対する松本氏の考え方の一端を示す一文でした。

このコメントを読んで失望し落胆したという人を、私は4人以上知っています。